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ぼくは女装に手を出した(一)

ぼく(星宮るい)は自分の部屋で、アルバムの中の七五三の写真をじっくりに眺めていた。
これはぼくの近頃の趣味であった。

写真には七五三用にきらびやかな着物を召した三人の女の子が写っている。
左は庵野あずさ、右は佐倉めぐみという同級生の女の子だ。
そして中央に写っているのは他でもない、ぼくなのだ。
(誤解の無いよう最初に断わっておくが、ぼくは男である)

この写真が撮られたのはぼくが七歳の時で、
今は中学二年生なのでかれこれ七年前のことだ。

何故、ぼくが女の子の着物を着ていたのかというと、
当時、もともとは男の子用の袴着る予定だったのだが、
先に着付けの終わったあずさや佐倉を見たときに、女の子の方がいいと思ったからだ。

彼女らの格好は赤やピンクのきらびやかな花菱模様や牡丹模様のあしらわれた
可愛らしい着物を召して、髪には紅い簪*かんざし*が添えられていて、
蝶のような華やかさがあった。

それにひきかえ、男の子の袴は青や黒を基調として飾りも少なく、
なんだか自分にとっては見栄えがよくなかった。
彼女らのお召し物が蝶とだとするなら、ぼくの袴などミミズも同然だったのだ。

今思うと、なぜそこまでこだわりを持ってしまったのかよく分からないが、
ぼくはどうしても女の子の着物を着たくなり、親にねだって困らせた。
頑として憚らず、地面に背を向けて足をばたばたさせてだだをこねた。
このことは今でもよく親からよくネタにされて笑われるのだが、
結局、ぼくは女の子の着物を召して、七五三を迎えたのだ。

そして出来上がったのが先の写真である。

その写真を何故ぼくが今更、しかも羨ましそうに眺めているかというと、
ぼくにはある秘密の願望があったからだ。それは『女装願望』だ。

理由はぼくの内気な性格にあった。
ぼくは小さな頃から女々しいと言われてきた。

それはぼくの外見としても小柄でなよっとした体型に加えて、
中性的な顔つきをしていたということが主な原因で、
周りからは「女みたい」だとかしょっちゅう言われてきたし、
実際に女の子と間違われるようなことだって一度や二度の話ではなかった。
そういうこともあって、周りからよくからかわれていたのだ。

とりわけ、僕の隣に写っている庵野あずさからは幼稚園の頃から今に至るまで、
まるで三歳か四歳児が乱暴におもちゃを扱うのと同じように扱われ、
内気で抵抗できないぼくは「男のくせに、男のくせに」と言われつづけてきた。


ぼくとしてもそんな暴虐的な彼女からは距離を置きたいところなのだが、
不幸なことに彼女とは家が隣同士だったし、更に悪いことに両親は
もともと女の子をもうけたかった様で、
あずさをまるで自分の娘のように可愛がっているし、あずさもそれに甘えて、
よく家に遊びに来てはご飯まで食べてたべたりしている。

そして、ぼくに対しては弟か子分のように理不尽な命令してはひどい目にあわせて
ケタケタと笑うのが彼女の生きがいなのだ。
このようにして「男のくせに」だの言われている間に、
ぼくの中に一つの願望が生まれた。

「ぼくだって好きで男に生まれたわけではない。こんなことならば、
 いっそのこと女の子に生まれればよかったのに」

これが思春期真っ只中のぼくに作用した結果が女装願望である。


それを更に増長させたのが、ぼくのおねしょ癖だ。あまり大きな声では言えないが、
ぼくはまだおねしょをしてしまう。
だから寝る時は恥ずかしながらおむつをしている。

たまにおむつするのを忘れて眠ってしまうのだが、
その時に限っておねしょしてしまう。


この事は、よく家に来るあずさですら知らない、僕のトップシークレットだ。
このことについては、本当に気を使っている。

あずさは突拍子もなくぼくの部屋に訪れるものだから、

おむつはいつも自分の部屋の奥にしまって、必要な時だけ取るようにしてるし、
おむつしないまま眠ってしまい、おねしょした時も布団は
絶対に外に干さないようにしている。

おむつを棄てる時も黒いビニール袋に包み隠したりと、
細心の注意を払うことでなんとか隠しおおせている。
もし彼女におむつのことがバレたりしようものなら、
どんな風になじられるかわかったものではない。
少なくとも、ぼくの学校生活は暗黒に閉ざされるであろうことは間違いない。

しかし、これもすべては自分が男であるからここまで苦しむのであって、
仮に女の子であれば、おねしょ癖だって可愛らしさの一つになるのではないかと
思ったのだ。

こうしていくうちに、ぼくの願望は日増しに膨らんでいった。

ぼくは十四歳になるが、まだ声変わりが始まっていないし、
背もたかくないし、体格も男らしいというよりは明らかに子供っぽい。
他の同級生と比べて発達が遅かった。
しかし、いずれはぼくも同級生と同じように声変わりが始まって、
体型も男っぽくなっていくのだろう。

であれるならば、女の子みたいな恰好ができるのも今のうちなんじゃないか。
その想いがぼくを突き動かそうとしていた。

その欲動が形になって現れ始めたものとして、まず髪を切らなくなった。
今では髪の毛は首の根元あたりまで伸びていて、後ろであれば、
ゴム紐で結ぶこともできるくらいだ。もう少し伸びたらセミロングくらいの
長さにはなるだろう。

これも他人に言えたものではないが、風呂上がりに髪を下ろして洗面台の鏡を眺めて、
女の子っぽく見える角度を見つけ出し、そこから自分が女の子になった姿を
妄想するのが密かな楽しみだった。

ぼくは自分が嫌いだ。ぼくには特技がない。
自己主張も苦手だし、自分に自信が持てずいつも自己嫌悪していた。
しかし、自分で言うのはなんだが、髪を下ろしたぼくは
結構女の子っぽい感じがしていると思う。そしてそれがたまらなく嬉しかった。
なよなよとして女々しくて情けないぼくでも、自分のことを好きになれたのだ。

そういったわけで、近頃はスマートフォンで女の子ものの服を検索したりして、
自分が女の子になったらどんな服が似合いそうだとか、サイズはどれで
色はどうするなどの妄想するのが趣味になっており、
その妄想は回を重ねるたびにどんどん事細かになっていった。

桜が咲く道でスカートをひらひらと波打たせながら、
ほかの女の子の友達と一緒に美味しいケーキ屋さんに向かったり、
街で可愛い服を探したりするのが女の子になったぼくの理想だ。


そこまで妄想を膨らませておきながらも、実際に女装ができていなかったのは、
そもそも自分に姉妹がおらず、また母の下着や服を拝借するのもの気が引けたし、
何よりぼくの求める女装とはまるでコンセプトが違っていたからだ。

女の子の服を手に入れようにも、ぼく一人で女の子ものの服屋にいくのも恥ずかしいし、
偶然クラスメイトの誰かに見つかったりしたら非常に厄介なことになる。
ネットで買うにしても、そもそもクレジットカードが無いし、
銀行振り込みだとかはよく分からなくて不安だ。

それに受け取りするときに親に見つかったら説明できない。
コンビニ受け取りなどと言う方法もぼくには得体の知れないものに感じて手を出せないでいた。

こうして女の子になりたいという気持ちを悶々と募らせていた矢先、
それはそろそろ文化祭の出し物で何をやろうかとクラスの中で検討が始ろうかという
時期だった。

ぼくは教室の机からほおづえをついて窓越しに見える灰色の空を眺めながら、
例のごとく女の子になる妄想をしていた。

「ねえ、るい君!」

ぼくを呼んだのは、幼馴染の佐倉めぐみだった。
前述した七五三の写真の右側に写っていた女の子で、彼女とも幼馴染みだったが、
小学三年生から四年生に代わるときにクラスを別って以来ずっと別のクラスで、
中学二年生になってからようやく同じクラスになったのだ。

クラスが変わろうが学年が変わろうが、絡まれ続けていたあずさとはうって変わり、
彼女との関係はほとんど失われていた。

それでも、同じくクラスになった時は彼女の方から、
いの一番に声をかけてきてくれて、

しかも「るい君」などと下の名前で呼んでくれたのだ。
こうして彼女との旧交は同じクラスになってから急速に温められた。
彼女の性格は明るくて世話焼きたがりで臆さず、煩わしい遠慮がない。
そういうところが、彼女の良いところだと思う。
彼女は何故か体操着を着ていて、ほかの女子と一緒にいた。

「ちょっとこっちに来てくれる?」

まるでぼくを小型犬か何かのように呼びつけたかと思うと、
ぼくが近寄るや否や、彼女は素早くとびかかるように、女子の制服をぼくの肩に当てた。

「ほら!見て!ぜっっったい似合う!」

「きゃー!ほんと、かわいい!」

「え?なになに?どうしたの?」

わらわらとクラスの女子が周りに集まってくる。
ぼくは最初、彼女たちが何を考えてこんなことをするのか分からなかったが、
しばらくすると状況が掴めてきた。
彼女たちは文化祭の催し物として、男子が女装をして、
女子が男装するして劇を行う、いわゆる男女逆転劇をやろう考えているようだ。

「ねぇ、この服着てみてよ!」

「え?ええ?」

「いいじゃん!面白そう!」

「あははは、見てみたーい!」

佐倉はぼくを半ば強引に隣の空き教室へ連れて行った。
そこは美術の際に使う用具を置いた部屋で、普通の教室の半分ほどのスペースに、
一体使われるやらわからない石膏の胸像や、大きめのキャンバス、何やら梯子のような
木材などがところ狭しと置かれていて、
スタンドミラーもあった。室内は一度塗ったら二度と取れることはなさそうな
塗料だとかシンナー類のケミカルな匂いで充満していた。

佐倉はそこにぼくを連れ込むと、さっさと部屋の左右のカーテンを閉めた。
教室は薄暗くなりなんとも妖しい雰囲気になった。
佐倉は踵を返してぼくの方へ向き、ブレザーとスカートを差し出した。

「はい!どうぞ!」

彼女はぼくがこれを着ることを、さも当然のように思っているようだった。

「いや、はいどうぞって言われても……」

「え~?ダメ?」

全然ダメではなかった。本当は今すぐにでもこれを承諾したいところだったが、
これを表面から喜んで着ることはなかなか出来ないでいたのだ。
確かに女装をしたいというのは願ったりであるが、嬉々としてそれをやると
ぼくの人格を疑われてしまうような気がしたからだ。

「し、仕方ないなぁ……」

ぼくは照れ隠しに顔を横へ逸らしながらも、佐倉の制服から目が離せないでいた。
いかにも仕方なさそうに佐倉の制服を受け取ると、一旦それを置いて、
ブレザーを脱ぎシャツのボタンを外した。

佐倉はその様子を待ちかねた犬のような視線で見ていた。

「あの……できれば外に」

「え?ああ、そっかごめんごめん」

彼女はハッとなり、すごすごと教室から出て行った。
彼女はちょっと天然というか、どこかズレた部分があるが、
ここでもそれを発揮したようだ。
ぼくは佐倉がいなくなったことを見計らうと、佐倉の制服を目の前に広げた。
初めて着る女の子の服。改めて見るとかわいい。ものすごくかわいい。
こうして見ると、女の子の要素の半分は服にあるのかもしれない。

であるならば、ぼくも半分は女の子になれるかもしれない。
佐倉は女の子として標準的な背格好だが、小柄な自分にはちょうど良さそうだった。

恐る恐る、佐倉のブラウスに袖に通すと、なんともいえない甘い香りがした。
それに身を包んだあと、スカートを穿いてサイドにあるウエストのホックを留めた。
その行為が妙に女の子らしい気がした。

男物の服にはサイドにホックはついていないからだ。
本当に自分が女の子になったような気分になってウキウキした。
初めて穿いたスカートは、股下がスースーして妙な開放感があった。
これが女の子がいつもしている格好……。

こうやって女の子の服を着てみて、改めて実感するのが女の子の服の可愛さ具合だ。
女の子はいつもこんなかわいい服を着ているなんてずるいとしか言いようがない。
女の子の服には男の服にはない愛らしさが込められているのだ。
こんな服を着て過ごせたらどれだけ毎日が楽しいだろう。
女装は一度やってみると癖になるといった話をネットで見たことがあるが、
その理由を実感していた。
いつまでもこの服を着ていたい気分にかられた。
なんでぼくは女の子に生まれなかったのだろうと、胸が締め付けられた。

一通り服を着終わると、ぼくは恐る恐る元の教室へ向かった。
しかし、緊張で地に足がつかなかった。なんとか教室の引き戸の前に立ったものの、
自分からそれを開けるのが恥ずかしくて、少しだけ開けて顔だけ覗かせた。
佐倉がそれに感づくとすぐに引き戸を開けて、
ぼくを見やると、感嘆の声をあげて叫んだ。

「きゃー!なにこれー!ぴったり!」

佐倉はぴょんぴょん跳ねて、ぼくの背中を押して無理やり教室内へ押しこんだ。
教室の中へ入ると、どよめきが起こった。

「えー!うそー!」

「どこから見ても女の子じゃん!」

女子はぼくが女装した姿を見て大はしゃぎだった。
微妙に輪に入らずに距離を置いていた男子もどこか顔を赤くして鼻を伸ばして、
チラチラとこっちを見ていた。

さすがにぼくも恥ずかしい気分になり、俯いたり頭を掻いて照れ笑いするのが
精一杯だったが、その一方で心の中ではスカートを靡かせてくるりとターンをしたい
気分だった。

「そうだ!私、るい君の服着ていい!?」

佐倉が思い立ったように言った。

「べ、別にいいけど」

佐倉はぼくの承諾を得ると、ぼくの制服をかっさらうように持ち出して
隣の部屋で着替え、自信満々に仁王立ちして、目の前に現れた。

「はははは!男っぽい!」

佐倉がぼくの制服を着た姿に女子はまた湧き上がった。
男装した佐倉の姿は確かにどこか男らしい感じもしたけれど、
中身は女の子なのでやはり女の子っぽさが見え隠れする。
それが妙に魅力的に見えた。これはこれで新鮮だった。

クラスの女子が両手を一度叩いて思い立ったように言った。

「そうだ!このまま二人とも次の授業受けてみれば!?」

この提案には周りのクラスメイトも何やら面白いことが起こりそうな予感を
もったらしく、大いに囃し立てた。

次の授業は英語で、生徒からは最長老というあだ名で呼ばれている
定年間近の男の先生だった。こういった悪ふざけもこの先生なら怒られることはないと
皆が踏んでいた。

普段の内気なぼくであれば、こんな悪ふざけに参加することもなかったし、
そもそもそんな役割を振られることもなかった。
しかし今は気分が昂ぶっていて、この悪ふざけに一役かってみたくなった。
ノリのいい佐倉は聞くまでもない様子だった。
結局、ぼくと佐倉は格好を入れ替えたまま授業を受けることになった。

授業の時間になると、英語の先生が老体を奮い立たせなんとか階段を登り切り、
ぜぇぜぇと息を切らせながら、ようやく教室にたどり着いた。

この長老の姿はクラスの皆がいつも気の毒な気持ちにさせる。
級長の号令とともに始まりの礼をすると、平常どおり授業は始まった。
クラスの皆がチラチラとぼくや佐倉を見ていたが、先生は気づく様子はなかった。

おそらく若い先生であれば挨拶の時点で気づくだろうが、
長老はそのような些末なことを気に留めることはなかった。

そのまま授業は20分ほど進み、ひょっとするとこのまま最後まで授業は
平常運転で進んでいくのではないかと、クラスの皆が思い始めた時、それは起きた。

「えー、それじゃあ誰かにこれを埋めてもらおうか。それじゃあ……星宮」

このタイミングでまさかの名指しに、どっと笑いが起きた。
ぼくはどうしていいかわからず、その場でもじもじした。

「ん? 星宮、いないのか?」

皆がぼくに注目する。ぼくは恐る恐る立ち上がった。
先生はぼくの方に目を向けたが、先生はそれがぼくだとは気づいていないようだった。

「んん?見かけない子だな? Who are you?」

英語の先生らしく英語で尋ねた。
ぼくもその流儀に応じて英語で返した。

「I'm……Hoshimiya」

「星宮……!? なんでそんな格好しとるんだね?」

先生はメガネをくいっと上げてぼくを凝視した。

「いや……その……」

クラスメイトは全員笑いを堪えるのが精一杯で、
皆、肩で笑っていた。思わず吹き出して腹を抱えて机のうえで悶絶する者もいた。


ぼくも苦笑いするしかなかった。
先生もおどろいた様子で頭からつま先までぼくを見回した。

「一体誰の制服だねそれは……あっ!」

先生は教室を見渡すと、僕の制服を着た佐倉に気づいた。
佐倉もほっぺたを赤くして笑いをこらえプルプルと震えていた。

「このバカちんどもっ!」

歯の隙間から声を出すような先生のツッコミに教室はとうとう笑いで包まれた。

「まったくけしからん!今日の問題は全部お前ら二人に指名してやる!」

先生はそう言うと、黒板に書かれた英文の中で空白を埋める問題を指した。
先生も面白半分に見せしめにしてやろうと考えたのだ。
背後から多数の視線を感じながら、ぼくは黒板の問題に向かった。
皆が女装したぼくの姿を見ている。クスクスと笑い声が左右から聞こえた。

ぼくは緊張で震えた手でチョークを取り、問題に取りかかった。
身長が低いので黒板の上の方に書かれた問題は背伸びしなければならなかった。
もともと学校のスカートは短いものだったし、加えて佐倉よりも
ぼくの方が足が長かったため、背伸びなんてしようものなら、
スカートの下から下着が見えてしまいそうだった。

そのため、ぼくは下着が見えないように、スカートの後の裾を抑えながら、
答えを書こうとした。

すると

(ぷはっ……女の子っぽい……)

(なんか仕草がかわいい)

後ろから冷やかしの声が聞こえて、ぼくは黒板のチョークのを一瞬止めた。
しかし、そのまま続けた。

<だって仕方ないじゃないか、スカートの中が見えちゃうし……>

普通に体育の時間などは下着になって着替えるのだが
(それでもぼくには少々遠慮があったが)、

同じ下着でもスカート中を見られることは我慢できないことだった。
女の子の格好をしている間は、男っぽいことをしたくないという気持ちがあった。
さらに言えば恥ずかしいと思う反面、ぼくの中にはどこか
喜悦的な感情も芽生え始めていた。

結局、授業の終わりまでぼくと佐倉は交互に指名されながら、
そのたびに黒板の前に立たされ、晒し者にされた。

その後、僕たちは元どおり自分の服を着たのだが、
この件は中学二年生の間ではちょっとしたニュースになって、
午後には他のクラスでも広まっていた。

ぼくは岩場にできた穴の中のうみうしの様にひっそりと
静かに目立たない学校生活を送ってきた過ごしてきたのて、
こんなに人に注目されたことは初めてで、

「お前がこんなにノリのいい奴だったとは」だとか
「死ぬほど笑わせてもらったとか」他の人から声をかけられるのは新鮮だった。

ぼくはあの恥ずかしいような嬉しいような感覚に酔いしれていた。
大願が成就して夢心地だった。

しかし、そんなぼくに冷や水を浴びせるような出来事が起きた。
それは放課後、家に帰っている時だった。長いくだり坂を下っていると、
下の方であずさが待ち構えていたのだ。

黒いスカートと長い黒髪が風で波打っていた。
彼女は挑むようにぼくを睨んでいた。重力がぼくを彼女の方へ引きよせていた。
ぼくはそれに逆らいたい気分にかられたが、彼女を前にしてそんなことをしたら、
後でどんな嫌がらせをされるか分かったものではなかった。
ぼくはこれから叱られるために主人に呼びつけられた犬のようにすごすごと、
視線を合わせたり反らせたりしながら彼女に近づいた。

近くに来ると彼女は、今日のことを聞いた。

「あんた、学校でめぐみの服着て過ごしたんだって?」

あずさは腰に手を当てて呆れたようにいった。
ぼくは声を出さず、恐る恐るうなづいた。

「……あんた、嬉しがってたでしょ?めぐみの服が着れて」

「そ、そんなこと……あれも佐倉から頼まれたから……」

「あら、そうかしら?あんたの態度を見ればわかるわ。
 本当はあんただって着たかったんでしょう?
 ただでさえ女々しいのに……気色わるい」

「う……」

嫌悪感を露わにした冷たい視線でぼくに悪罵をあびせる彼女に何も言い返せなかった。
彼女はじろりとぼくを見て言った。

「あんた……女の子になりたいとか思ってるでしょ?」

ドキリとした。彼女に対してはそんな素振りをおくびにも出したことがなかったのに、ピシャリとぼくの内面を言い当てたからだ。

「最近、馬鹿みたいに髪の毛伸ばしてたのも、そういうことだったのね」

ぼくの行動は完全に彼女に見透かされていた。

「何泣きそうな顔してんのよ」

あずさの言う通り、ぼくはみるみる目頭が熱くしていた。
あずさには普段からなじられることが多いけれど、
女装のことについて言われるのはとくに傷ついた。
なぜなら、ぼくが自分を認められる唯一が、それなのだから。
ぼくには他に何もないのだ。

ぼくは泣きそうになり、しゃべることが出来なくなった。
涙が溢れるところを見られる前にぼくはあずさを背を向けて走り出した。

『気色悪い』

ぼくにはその一言が、彼女から今まで受けたどんな仕打ちより、最も辛いものとなった。
あずさはついに、ぼくの中の内に秘めた最後の一つ、
つまり、ぼくがぼく自身を唯一認められる女の子のぼくまで余すところなく
喝破したのだ。

この日、ぼくは家に帰ると布団の中で潜り込んで、様々な思いにかられた。
あずさの言葉とぼくの欲望が交互にシャボン玉のように膨らんでは消えた。

それから数日が経った。ぼくにとってはとても残念な一日だった。
なぜなら、文化祭での催し物として、男女逆転劇をすることは先生によって
却下されたからだ。

詳しい理由は分からないが、ジェンダーだとか性だとかそういった繊細なことに
触れるようなことは出来ないとか、そういう理由なのだろう。
事なかれ主義の賜である。

もし、男女逆転劇が実現したら、また何度も女装出来ると思っていたのだけれど、
それは灰燼に帰してしまった。

あの日以来、ぼくの女装への思いはさらに高まっていった。
それはもう気が狂わんばかりで、恋する少女のように病的に、
すべての思いがそれに向けられていた。

それでいて、それを自分のものに出来ないでいる
ジレンマが心の胸奥で煮えたぎっていた。

このまったくあり得ない、考えられない行動へと駆り立てた。
それはぼくが佐倉の制服を着た日から十日ほど経った日の放課後だった。
ぼくは二人で話したいことがあると言って、佐倉を空き教室に呼びつけていた。

佐倉より先に教室に着いたが、緊張で胸が揺さぶられる思いだった。
静まり返った教室では、遠くから生徒の声が聞こえる以外は、静寂を保っていて、
差し込む夕陽が教室の壁をオレンジ色に仕立て上げ、
机は太陽の光を反射させて眩く光っていた。

5分もたたないうちに佐倉が教室へ来た。
佐倉はぼくの改まった様子を見てよほど大事なことがあると察したらしく、
おどおどとしていた。ぼくは彼女が時間を取ってくれたことに軽く礼を述べ、
すぐに本題に入った。

「このことは、誰にも言わないで」

そう言ったぼくの声は震えていた。真剣な眼差しのぼくに、
佐倉は戸惑いを隠せず、目をぱちくりしながらも首を縦に振った。
ぼくは緊張でカラカラに乾いた喉に潤い取り戻すように
息を飲みこみ、言った。

「ぼくはその……佐倉にお願いがあるというか……」

「お願い?なに?」

佐倉はきょとんとした。

「このあいだの、英語の時間の、あの時が……その」

「うん??」

「ええっと、ぼくにとってあれは衝撃だったというか」

「ほぉ?」

「ああ……要するに……なんというかー」

ぼくの要領の得ない話と落ち着きのなさに佐倉は怪訝な顔をしてぼくを窺った。
やんわりとした言葉で想いを伝えようとしたが、よく分からない言葉しか出て来ず、
足が地上から離れていくばかりだった。

このままでは埒があかないし、彼女に余計な不審感を抱かせるだけだと思い、
ぼくは半ばやけになりながら、ありのままに思いの丈をぶつけた。

「ぼ、ぼく、女の子の服が着たいんだ!」


(二)に進む

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小さな女の子のおむつ・おもらしの小説を書いています。
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